交読詩編について

罪の告白から始まる

自分たちが教会に集まったのは、神に呼ばれたためだということを十分に認識したら、いよいよ礼拝に入ります。

最初に罪の告白をしなければなりません。キリスト教徒なら、礼拝のときにいつも行っていることですが、キリスト教徒でない人が礼拝をしに教会に訪れた際にはやや戸惑ってしまうこともあるでしょう。

特に自分はこれまで悪いことをしていないと思っている場合です。

罪の告白で言うところの「罪」というのは、法に触れる行為や道徳的に非難される行為を意味するわけではありません。
キリスト教で言う「罪」は神に背く行為全般を指します。人から好かれて正義感溢れる人であっても、キリスト教で言う「罪」を犯していることが多いです。

例えば、神の存在を否定するようなことは「罪」に含まれます。招詞を聞くまで、自分の意思で教会に来たと思っていた人もそれに当たるでしょう。そういった「罪」を告白して懺悔してから、神の言葉を聴くことが許されます。

 

聖書を朗読する

教会に集まった人たちが罪の告白を終えると、司会者が聖書の一部を朗読し始めます。

読むのは詩編の部分です。礼拝に来た人たちは、司会者が読む朗読をただ聴いているだけではありません。
司会者がある程度区切りのいいところまで読むと、いったん読むのをストップします。

そして、次の部分を朗読するのは礼拝をしに集まった人たちです。交読であるため、交互に読み交わします。

聖書によっては、交読詩編しやすいように、司会者が読む部分と会衆の人たちが読む部分を色分けしているものもあります。司会者と会衆が交互に読み交わすことで、共に神を讃美し、心を合わせることができるのです。

この聖書朗読は礼拝の一連の流れの中で、特に重要な部分とされています。

ただ聞いているだけでなく、自ら声を発して読むため、初めて礼拝をしに教会に行く人にとっては、やや戸惑うかも知れません。

しかし、なるべく周りの人と声を合わせて読んでいるうちに次第に慣れてきます。